進み始めた治療薬・ワクチン開発、過度な期待は禁物

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アンジェスは7月にも初期の臨床試験を始めるとしている(写真は3月、大阪大学と開発に乗り出すと発表した記者会見)

大阪大学発のバイオ企業であるアンジェスは25日、大阪大などと共同開発している新型コロナウイルスに対するDNA(デオキシリボ核酸)ワクチンについて、マウスとラットへの投与によって体内にウイルスに対する抗体ができていることを確認したと発表した。

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現時点では動物体内に抗体ができていることを確認しただけで、できているのがウイルスの感染抑制につながる抗体なのか、ワクチンの投与によって実際にウイルス感染を減らせるのかは明らかではない。同社では今後、動物での評価を行い、「7月にも初期の臨床試験を開始し、早ければ年内にも使えるようにしたい」としている。製造については宝ホールディングスの子会社であるタカラバイオが協力しており、原料の調達を含めて、年内に20万人分のワクチンを製造する体制にめどは付いている。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大から時間がたつとともに、治療薬やワクチンの開発に関する報告が増えてきた。ワクチンでは18日、メッセンジャーRNA(リボ核酸)でできたワクチンの開発を進めていた米バイオベンチャーのモデルナが、初期の臨床試験の中間的な解析で前向きなデータが得られたと発表した。同社では、7月にも大規模な臨床試験を開始する計画。生産についてはスイスの製薬会社ロンザと提携しており、年間10億本規模の生産能力を確保していく方針だ。

また、20日には米イノビオ・ファーマシューティカルズがDNAワクチンに関して、動物実験で抗体の産生と免疫の誘導を確認したとする論文を英科学誌ネイチャーの関連媒体に発表している。22日には中国カンシノ・バイオロジクスがコロナウイルスのたんぱく質の遺伝子をウイルスベクターで導入するワクチンについて、初期臨床試験の結果を英医学誌ランセットに発表した。

このように、感染症克服の決め手と期待されるワクチンの開発の可能性が徐々に見え始めてきたが、実際に我々が接種を受け、感染を気にしないで生活できるようになるのはいつごろになるのだろうか。

■アビガン、スケジュールに遅れ

アンジェスをはじめ前述した企業が手掛けているのは、メッセンジャーRNAやDNAなどの遺伝情報を基に、体内で抗原となるたんぱく質を作らせる新しいタイプのワクチンだ。新型コロナウイルスが持つたんぱく質に対する免疫を誘導して感染を抑えることが期待されている。

ただし、これまでRNAワクチンやDNAワクチンで承認されたものはない。伝統的なワクチン、例えばインフルエンザワクチンの場合、鶏卵の中でウイルスを増殖させたあと、増殖能力を失わせる処理をして製造している。遺伝子組み換え技術によって、ウイルスが持つ抗原のたんぱく質を大量生産したワクチンも、既に様々な感染症に対して承認されている。ただ、たんぱく質の設計図であるRNAやDNAから成るワクチンは、以前から研究されてはきたが、まだ承認されてはいなかった。

このため、これらのワクチンについては、有効性もさることながら、安全性についてより慎重に検討する必要があるだろう。理屈の上では安全性が高いと考えられても、多数の人に使用した場合に、予期しない副反応と呼ばれる症状が現れる可能性は否定できない。それでなくとも健康な人に「予防」のために投与するワクチンに対しては、治療薬よりも安全性に対する要求は厳しい。

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ワクチンの開発が各国で一斉に始まっている(写真はイメージ)=ロイター

経済活動を回復するためにもワクチンの登場は強く期待されるが、一方で、有効性と安全性の確認をなおざりにして流通を始めると将来に禍根を残すことになりかねない。特に安全性については一定規模の試験を通じて慎重に判断すべきだろう。その点を考慮すると、各社が言うように夏ごろに臨床試験を開始できたとしても、年内に一部の医療従事者への接種を開始できるというのがベストに近いシナリオだろう。

期待感が過度に高まると正しい評価が行えない事態も生じかねない。治療薬のアビガンはまさにそんな事態に陥りつつある。富士フイルムホールディングス傘下の富士フイルム富山化学は、アビガンの新型コロナウイルス感染症に対する有効性と安全性を評価するため、3月に96人を対象とする企業治験を開始した。ところがゴールデンウイーク開けから新たな感染者が減ってきたため、企業治験に参加する患者の確保が難しくなり、6月末を目標としているスケジュールに遅れが生じているという。

一方で、医療機関の判断でアビガンを患者に投与する観察研究が2月から行われている。一定の手続きを行った医療機関はこの「観察研究」の枠組みに参加でき、全国で3000人を超える患者が治療を受けてきた。厚生労働省はこの観察研究を周知するための事務連絡を、自治体などに何度か行うなどして実施を後押ししてきた。だがこの結果、「プラセボ(偽薬)が投与されるかもしれない治験ではなく、観察研究で投与を受けようと考えた患者もいるのでは」と指摘する声もある。

26日の閣議後の会見で加藤勝信厚生労働相は、藤田医科大学が実施した特定臨床研究の中間解析では安全性は確認されたものの時期尚早であるとして、5月中の承認を見送る意向を表明した。富士フイルム富山化学の企業治験もスケジュールは遅れ気味で、承認取得の時期は見通せなくなってきた。治療薬やワクチンの登場がいくら期待される状況であっても、まずは有効性、安全性の評価をきっちりと行うべきだという教訓が得られたと言えるだろう。

(日経ビジネス 橋本宗明)

[日経ビジネス電子版2020年5月27日の記事を再構成]