コロナ禍を契機に映像制作にも意識改革の流れが

https://img.cinematoday.jp/a/R5-swO1JjGtD/_size_640x/_v_1590580508/main.jpg
映像制作の現場で、3密をどのように回避するのか!? - rohanchak / iStock / Getty Images

 新型コロナウイルス対策として政府より4月7日に発令された緊急事態宣言が25日に全面解除されたことを受けて、撮影が中断・延期になっていた映像の制作も再始動される。指針となるのは、一般社団法人日本映画製作者連盟(以下、映連)が5月14日に発表した「映画撮影における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」だが、Netflixの大型配信ドラマの撮影では新たに「衛生部」が設けられるなど各現場でさらなる対策が練られている。

 映連のガイドラインは、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議からの「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」に応じ、専門家の意見を踏まえて作成されたもの。その後、適宜改訂が加えられているが、大まかには密閉空間・密集場所・密接場面の“3密”が避けられない映像制作の現場において、いかに社会的距離を保ちながら作業を進めていくか。合わせて個々人が健康管理に留意し、安全・衛生に努めていく基本的なことが示されている。

 対応策の一つとして、出演者のオーディションは原則としてWEB会議を活用、または映像資料を用いること。セットでの撮影は必要最小限に限定するものとし、一度に立ち入りを許される最大人数は「50人まで」と限定。

 さらに群集シーンのような社会的距離の確保が困難な設定は極力変更することや、身体的接触が必要なシーンにおいては、「出演者は手洗いと口唇・口腔内等の消毒を行うこと」とし、健康に異変がある者や感染者との濃厚接触が疑われる者は「原則として出演しない」と明記されている。

 大手映画会社のプロデューサーは、このガイドラインについて「キャスト、スタッフの健康、安全を守ることは何よりも優先すべきですし、同時に活動の機会も確保していかなければなりません。そのためには現時点ではこのような厳しいガイドラインを設けて制作を再開していくことは必然かと思います。今までの制作現場での常識、固定観念にとらわれずに知恵を絞っていく必要があります」と理解を示した。

 早速、ある芸能事務所では撮影現場での3密回避に協力すべく「撮影場所までの役者の送迎は行うが、現場にマネジャーは同行させない」という方針を打ち出したところもある。その俳優と濃厚接触が不可欠な、濱口竜介監督の映画『寝ても覚めても』(2018)のヘアメイクを担当したatelier ismの橋本申二氏はヘアメイク現場でのガイドラインを独自に作成し、フリーのヘアメイクにも共有できるよう自社のサイトで公表した。橋本氏はすでに安全性を考慮したマスク、フェイスシールド、ゴム手袋、エプロン着用でのヘアメイクのテスト作業も行ったという。

 ただし、「暑くて大変でした」と橋本氏は率直な感想を漏らす。今後、メイク道具は各俳優ごとの専用にし、共有はしない。または1回ごとの破棄を徹底していくことになるが、橋本氏は「自分は美容師免許(管理美容師免許)を持っているので衛生学・防疫の知識があり対応できますが、免許を持っていないヘアメイクは勉強が必要になってくると思います」と語る。

 一方で、Netflix大型配信ドラマを制作中のC&Iエンタテインメントの山本晃久プロデューサーは「映連が撮影のガイドラインを示したことで、現場スタッフはコロナ後の撮影に対して気構えや予防意識を持つことができます。この手探り状態においてはそれだけで大きな意義があると思います。ただ他方で、ここに書かれていることはいくつかの問題点をわれわれに突きつけます」と指摘する。

 問題の一つは「衛生管理業務をどの部署が行うべきか」。アフターコロナの常識として撮影現場でもマスクの着用から消毒液の常備、撮影現場の定期的な消毒や換気が必要となってくる。これまでの映画制作の慣例では制作部が担当することになるが、人手不足の上にさらなる仕事の負担は事故にもつながりかねない。そもそも専門知識も持ち合わせていないことから、今回は新たに「衛生部」を発足したという。山本Pは「部の発足を認めてくれたNetflixの迅速な判断に脱帽します」と語る。

 同部署のスタッフは消毒の専門業者の指導・監修を受けながら撮影現場での衛生管理業務を行っていく。また医療スタッフと契約を結び、スタッフ・俳優の体調管理からメンタルヘルスケアまでサポートする体制も整えるという。

 同様の動きはほかにもあり、映画『東京喰種 トーキョーグール【S】』(2019)などを手掛けた制作会社ギークピクチュアズは22日、医療機関の運営・経営支援を行うキャピタルメディカ(本社・東京都港区)とアドバイザリー契約の締結を発表。今後は医療監修による撮影ごとのガイドラインの提供や、撮影現場への医療アドバイザーの派遣、緊急時の健康相談や衣装機関の紹介も行っていくとしている。

 足立紳監督『喜劇 愛妻物語』を制作したAOI Pro.(本社・東京都品川区)も医療コーディネータージャパン(本社・東京都千代田区)と実務薬学総合研究所(本社・東京都西東京市)との医療アドバイザリー契約を締結。今後は両社の監修のもと、感染防止対策と安全対策を講じながら制作を行っていくという。

 山本Pは「このように作品ごとに資金や人材の条件が異なり、今後は撮影環境にギャップが生じるかもしれません。こうした問題は包括的に見えるが、曖昧な指針を共有せざるを得ない、業界全体の“ゆるみ”のようなものによってもたらされるようにも思えます」と苦言を呈す。

 続けて「われわれに今できることは限られています。まずはこのような状況下でこそ、多様な価値観やそこに触れ得る想像力をもたらす、映画やドラマの善なる面を大いに発揮すべきだと信じて、可能な限りの感染防止に努めながら制作を再開できればと思います」と前向きに語った。

 日本の映像制作はこれまで、ある種、低予算かつ短期間という悪条件ながら創意工夫を凝らし、作品を生み出すことが美談のように語られてきた。しかし、これらのガイドラインを遂行するには時間も労力も予算も要することは確実で、制作体制から見直す必要が求められるだろう。

 最後に山本Pが次のように語る。「コロナ禍はわれわれが労働者であることと、そもそもまともだとは言い難い労働環境にいることを突きつけた。映画が国内の産業として十分に成り立っていないことがわれわれを苦しめるのだとして、われわれがそこから這い出ようという努力は一体どこに、どのように向けるべきなのか? コロナ禍にあって、そのような抜本的な意識改革が起ころうとしていると感じます」。(取材・文:中山治美)