サイバー藤田×USEN宇野、動画2強が見る別々の夢
「ネット興亡記」対談
日経電子版の連載「ネット興亡記」のドラマ化を記念し、ドラマに登場するサイバーエージェントの藤田晋社長とUSEN-NEXT HOLDINGSの宇野康秀社長が26日対談した。ドラマで主演をつとめた藤森慎吾氏も駆けつけてくれた。U-NEXTとABEMA。動画ビジネスで覇権を争う宇野氏と藤田氏の視線の向こうにはそれぞれ別々の夢があるように見えた。
■師弟関係の2人
「ネット興亡記」は2018年から日経電子版で計52回連載した。動画配信サービス「Paravi(パラビ)」で配信中のドラマ版では、サイバー創業からわずか2年で上場に成功した当時26歳の藤田氏が直面した危機を描いた。上場直後の2000年に起きたネットバブル崩壊により会社存続の危機に陥っていたのだ。
※対談のアーカイブはこちらから視聴いただけます。https://channel.nikkei.co.jp/e/douga_talk0526
「起業家にとっては昔話をすると負けのような感覚がある」。藤田氏は対談でこう笑うが、ギリギリまで追い詰められた当時の経験は忘れられない。実は、水面下で投資家に接触して危機を救ったのが兄貴分の宇野氏だった。「当時もうっすら分かっていたけど、本当に知ったのは最近でした」と藤田氏は話す。
藤田氏の危機を助け、その後宇野氏が仕かけたのが、動画配信のビジネスだった。2002年のことだ。今と比べネット回線は脆弱で動画を見るツールもほぼパソコンに限られていた。さらにコンテンツをネットで配信することに対し、既成の業界からの反発も大きかったという。
■動画配信、早すぎた宇野氏
「当時は『ネット=敵』でした。ネットにコンテンツを出すことがタブーとされていた」と宇野氏は振り返る。宇野氏は、すでにネット業界で頭角を現していた藤田氏に動画配信「GyaO」の構想を相談したという。そのときの藤田氏の答えはこうだった。「なんでもないけどいいアイデアですね」
起業家として先輩である宇野氏に対して、すこし冷たい言い方に聞こえる。対談で、藤田氏に真意をたずねると、「いいアイデアだと思いましたが、すこし早すぎるんではないかと思った」と明かした。藤田氏は「宇野さんの取り組みを見ながら動画配信参入へのタイミングを見計らった」のだ。藤田氏が満を持して2015年にテレビ朝日と立ち上げたのがアベマTVだった。
■「映像の百貨店」か、「テレビの再発明」か
2人が目指した動画ビジネスの形は違った。藤田氏は「アベマはニュースを柱にバラエティーやドラマがある。目指しているのはテレビの再発明だ」と語る。これに対して宇野氏が仕かけるU-NEXTは、「世界中のエンターテインメントを集めようというのが我々の戦略。映像の百貨店です」
動画配信の普及は、コンテンツの提供者にも変革を迫った。ドラマでIT起業家の苦悩に迫る「杉山記者」を演じた藤森氏は最近、ユーチューブなどへの配信に力を入れている。
「芸能人がユーチューブのような動画配信に参加するのは自然な流れ。僕はテレビではお届けできないコンテンツを選んでいる」。新型コロナウィルスが拡大した過去1カ月半、ユーチューブ制作に没頭し、普段よりも忙しかったという。芸人仲間と電話して「きょう何もなかった、昼過ぎまで寝てた」と聞くと「心の中で、勝ったと思いました」と話す。コロナ禍にどう対応するかで、「脱落する人は多い」とシビアだ。
■ネットフリックス「100時間みている」
動画ビジネスで日本市場も席巻し始めているのが米ネットフリックスだ。最も安いプランで月額800円。藤田氏は対談で、自らがネットフリックスのヘビーユーザーであることを明らかにした。「実は100時間くらい見ています。(ライバルとして)もう、怖いなと思いますよ」
「ネットフリックスのオリジナル作品を見ると絶望的な気分になるんですよ。お金のかけかたとかクオリティーの高さとか……」。こんな本音を漏らした藤田氏。日本のテレビの「再発明」を目指すアベマTVは現時点では言葉の壁に守られている部分があるが、「コンテンツがネットフリックスに集まるのは時間の問題だ」と危機感を示した。
一方、宇野氏は「いままさに映像コンテンツの作り方が変わろうとしている。視聴者からみたらどちらが面白いのか。お金をかけた大作ばかり見られる時代ではなくなりつつあるのでは」と話す。動画配信で一日の長がある宇野氏のとらえかたは、また違うのかもしれない。
■コロナが教えてくれた「会社ってなんだろう」
新型コロナウイルスの影響で人々が家にこもれば、動画ビジネスにはプラスに働く。ただ、影響は両社のビジネスにとどまらず、我々の働き方や生活様式をも一変しようとしている。リモートワークやオンライン会議が一気に定着し、ネット通販が一段と身近なものとなった。
藤田氏は「会社ってなんだろうと、何度も考えました。実は今、私はこの10年ほどで一番体調がいい。心身ともに健康に過ごすにはリモートを採り入れる方がいい」と言う。人類が直面する危機は、インターネットをどう進化させるのか。宇野氏はこう話した。「現在は起こるべくして起こる変化が起きている。まさにネットが起こすべき変化と言えると思います」
(編集委員 杉本貴司)
※対談のアーカイブはこちらから視聴いただけます。https://channel.nikkei.co.jp/e/douga_talk0526