EU、EV電池・医薬品を域内生産 中国依存脱却へ
【ブリュッセル=竹内康雄】欧州連合(EU)が電気自動車(EV)用電池や医薬品などの戦略分野の調達手法を抜本的に見直す。国際分業による生産コストの低減を進めてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーン(供給網)の寸断で調達が難しくなったためだ。調達先の多様化や重要部品の域内生産を進め、中国など第三国に過度に依存しない体制をつくる。
EUの政策金融機関、欧州投資銀行(EIB)は19日、欧州バッテリー連合(EBA)の事業に対し、年内に10億ユーロ(約1200億円)を投じると表明した。EBAは欧州航空産業を集約したエアバスの電池版と呼ばれ、欧州企業によるEV用電池の大規模生産を目指し2017年に始まった。
EUのEV用リチウムイオン電池の年間生産能力は中国の10分の1以下にとどまる。EUは域内の工場建設を後押しして24年に世界シェアを19年の2倍超の15%程度に引き上げる。
1月には仏グループPSAが、仏トタル子会社の電池メーカーと大規模電池工場の建設を決めた。30年までの投資額はEUの補助金を含め50億ユーロ近くになる。
欧州の自動車メーカーはEV用電池の多くを中国などアジアから調達している。電池の原料となるリチウムは南米やオーストラリア、コバルトはアフリカ、グラファイトは中国への依存度が高い。貿易摩擦や政情不安が起きれば供給が途絶しかねない。
このためEIBは域内で原料のリチウムを生産する4つの計画を支援、25年までに需要の最大8割をまかなう。EUの欧州委員会のシェフチョビッチ副委員長は「コロナ危機は欧州の重要分野と革新技術での戦略的な自治を高める必要性に焦点を当てた」と力説した。
欧州委は10月までに電池生産や利用に関するルール案を加盟国に提示する。22年までに義務化し、EV需要が急増するとされる23年に備える。ルール案の詳細は明らかでないが、環境規制を導入しEU製品を事実上優遇する狙いがありそうだ。
医薬品関連での見直しも加速する。仏独首脳は18日公表した声明に「戦略的な『健康主権』を発展させる」と明記し、EUが取り組むべき4つのテーマの最初に健康・医療分野の改革を掲げた。域内でのワクチン・治療薬の開発・生産と共同備蓄を進め、他地域への依存度の低減を主張した。
新型コロナによる供給網途絶や各国の輸出制限はEUの危機感を高めた。フランスでは4月上旬時点で対ウイルス効果が高いマスクの需要が週4500万個だったが、生産能力は700万個。十分な輸入ができず医療施設でマスク不足が深刻になった。欧州委は4月、インドに鎮痛効果があるパラセタモールなどの約10種類の薬の輸出制限の緩和を求めた。
欧州メディアによると、欧州の製薬会社は多くをインドで生産し、基盤材料の7割が中国からの輸入という。欧州委は年末までに公表する医療戦略で、材料の調達の多様化を進める一方、製薬会社に域内生産を求める方針を盛り込む構えだ。
域内での生産推進は欧州のチャンピオン企業をつくるEUの大方針と一致する。EUはコロナ前から徐々に補助金ルールを緩め、競争力を持つ企業の育成を支援してきた。19年に独シーメンスと仏アルストムの鉄道車両事業の統合計画を欧州委が却下したのを機に競争法(独占禁止法)を見直す動きもある。世界で戦える企業をつくりたいとのEUの狙いも透ける。
供給途絶の危機を目の当たりにして自国への生産回帰を求める動きは強まりそうだ。EUを離脱した英国では、ジョンソン首相が医療用品などの調達について中国への依存をやめる計画を立てるよう指示を出したと英紙タイムズが22日報じた。
もっとも欧州など人件費などが高い地域での生産は価格上昇を招き、消費者の不利益につながりかねない。ブルトン欧州委員(域内市場担当)は5月中旬、EUは開かれた貿易を支持すると訴えたが、経済のブロック化が進むリスクがある。