PCR検査、大学の研究室でも 政府目標の1割弱担える試算 活用には課題
by 毎日新聞新型コロナウイルスの感染を判定するPCR検査を大学の研究室が担う取り組みが始まっている。PCR検査件数の少なさが指摘される一方で、検査装置自体は大学の幅広い研究室が相当数を保有しており、日常的に実験で使われている。ノーベル賞受賞者の山中伸弥氏らが「大学や民間の研究機関も活用すべきだ」と提言しており、厚生労働省と文部科学省は今後連携して活用を模索する。
PCR検査は、遺伝子の一部を酵素の働きで増幅させる技術(PCR法)を利用した検査で、PCR法は新型コロナの検査だけでなく、分子生物学や植物の遺伝子解析などの研究分野で広く行われている。ただ、新型コロナの感染を診断するPCR検査は感染症法に基づく「行政検査」として行われており、当初は自治体の衛生研究所などでしか担えなかった。3月には検査の保険適用が始まり、民間の検査機関などでも担えるようになったものの、病原体を取り扱える特別な施設で行う必要があり、実施にはハードルがある。
国立感染症研究所が示したマニュアルによると、検査は世界保健機関(WHO)が検体となる病原体の危険性に応じて定めた4段階の基準「バイオセーフティーレベル(BSL)」のうち2番目に低いBSL2レベルの施設で扱うこととなっており、ある程度の規模の大学の実験室であればクリアできるという。
京都大iPS細胞研究所長の山中氏は6日、インターネットの動画配信サイト「ニコニコ生放送」で安倍晋三首相と対談。その中でPCR検査について「自粛要請で多くの研究員が在宅となっている。大学などの研究所の力をうまく利用すればPCR能力は10万ぐらいいける可能性があるのでは。研究者として検査能力の向上に貢献したい」などと提案している。
沖縄では生物工学系の技術員が実施
5月1日から行政検査を始めた沖縄科学技術大学院大(OIST)。沖縄県と協力し、生物工学系の技術員が実施する。事前に県と契約書を締結し、「標準作業書」を策定。外部から出入りできる専用のスペースを新たに設置した。PCR検査に手慣れた技術員5人が従事し、検体を化学的に不活性化して毒性をなくした上で検査に回し、安全性にも万全の配慮を行う。
県地域保健課によると、県内には保健所以外に民間検査機関があるものの、PCR装置がないために東京の民間検査機関に空輸で検体を送っていた。結果が得られるまでに3、4日かかっていたが、OISTによる検査では即日または翌朝までに結果が出る。主に本島北部地方のエリアを担ってもらっているという。
OISTの広報は、大学の研究室が検査を担うことについて「PCR検査も含め、新型コロナの検査は今後も長く必要となる。検査の迅速化と正確性の改良に重要な役割を果たすだろう」と意義を語る。
「検査崩壊」懸念する声も
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、厚労省が全国の国公私立大学などにPCR検査の能力を聞き取りしたところ、1日あたり1720件程度の検査に対応できるという回答が得られた。計算上は政府が目標とする2万件の1割弱を担えるが、活用には課題も多い。
PCR検査の作業自体は特に資格も必要なく、研究などで習熟していれば可能だが、検体は危険性のある病原体となるため、検体採取は医師、看護職員、臨床検査技師などの有資格者しか行えない。検査中の感染予防対策も行わなければならず、普段は植物の遺伝子解析など危険性のない検体を扱っている研究者が簡単に検査を代替できるわけではない。
行政検査以外では、付属病院の診療活動を下支えするために、大学の研究室がPCR検査を担うケースもある。東京都内の医科大では、大学の基礎研究系の研究者がPCR検査を担うが、検体採取は病院の資格者が行う。こうした分担でPCR検査体制を確保しつつ、病院の負担を減らすことができたが、医科大と付属病院という関係性や連携がなければ実現は難しい。
「大学を使って検査数を増やしてもクオリティーコントロールはどのようにするのか。指導や(検査の)所管はどこがするのか。そうした細かいところを詰めて、現状の数字や実態をつまびらかにして議論すべきだ。そうしないと医療崩壊ならぬ『検査崩壊』が起きる」と懸念を示すのは、国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンターの西村秀一センター長だ。
大学の研究室がPCR検査を実施するには検査を担う人的資源の問題もある。西村センター長は「教員や博士研究員(ポスドク)、院生は自身の研究がある。対価を支払ったとしても、検査のために研究に遅れが生じる恐れがある」と指摘。「大学の合理化で実験補佐員や技術員が減らされ、人的資源がない。首都圏や大病院、大学が多い京都ならまだしも、地方では難しいのではないか」と話した。
実際に検査を担うOISTも検査の受託を「社会貢献の一環」と位置づけており、「現在多くの研究が休止しているが、通常の研究活動が始まってからもPCR検査を継続する場合はさらに多くのスタッフを教育・採用する必要がある」(広報)としている。【菅沼舞】