サイバー被害を補償 保険スタートアップが開く新市場
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新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が広がるなか、サイバー攻撃のリスクが高まっている。企業は対策ソフトなどのセキュリティー技術に多くの費用をかける傾向にあるが、攻撃の被害を補償する「サイバー保険」でリスクに備える手もある。最新のテクノロジーとデータを活用して、新しいサイバー保険市場を切り開いているスタートアップ企業8社を紹介する。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
サイバー保険市場は急成長しているが、十分とはいえない。米サイバースペース・ソラリウム委員会によると、既存の保険会社にはサイバーリスクをもっと的確に理解し、見積もり、軽減するために必要な質の高いデータやモデルが欠如している。
その証拠といえるのが、企業がこうしたリスクへの対策としてサイバー保険よりもサイバーセキュリティー技術に多くの費用を費やしている点だろう。これは企業が保険に入るよりもテクノロジーを使った解決策に資金を投じる方が有益だとみなしている可能性があることを示している。
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(世界の企業のサイバーセキュリティー対策費とサイバー保険料の推定、単位10億ドル)
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)を受け、サイバーリスクはさらに高まっている。多くの企業では在宅勤務が常態化し、ネットワークの末端(エンドポイント)のセキュリティーが手薄になっているからだ。その結果、米セキュリティー企業ヴイエム(VM)ウェア・カーボンブラックによると、今年3月のランサムウエア(身代金要求ウイルス)によるサイバー攻撃は前月比148%増えた。最も心配なのは、コロナ対応で手いっぱいの医療機関を狙う攻撃がこのところ急増していることだ。
長期的には、大規模なサイバー攻撃が現在のパンデミックと同等の壊滅的被害を経済に及ぼす可能性がある。
今回のリポートではCBインサイツのデータに基づき、データ科学の専門知識や新たなデータソースを使ってサイバー保険の改善に取り組む保険スタートアップ企業8社を割り出した。
下記のリストはサイバー保険を手がけるスタートアップを網羅するのが狙いではない。各社は資金調達額、投資家の質、CBインサイツの独自スコアに基づいて選んだ。累積資金調達額(20年5月6日時点)の多い順に記載する。
1.米アット・ベイ(At-bay)
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▽本社:カリフォルニア州マウンテンビュー
▽ステージ:シリーズB
▽累積資金調達額(公表ベース、以下同):5300万ドル
▽主な投資家:米ミュンヘン再保険ベンチャーズ、米ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ、米コースラ・ベンチャーズ
アット・ベイは保険の販売や査定など保険会社の業務を担う総代理店(MGA)であり、中小企業向けにサイバー保険を提供している。この保険は独ミュンヘン再保険傘下の米HSBが引き受けている。アット・ベイは顧客や仲介業者に対して四半期ごとのリスク評価、積極的なリスク管理(例:ネットワーク侵入テスト)のほか、必要な補償額を診断するリスク算出ツールを提供している。
2.米コーリション(Coalition)
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▽本社:カリフォルニア州サンフランシスコ
▽ステージ:シリーズB
▽累積調達額:5000万ドル
▽主な投資家:米リビッド・キャピタル
コーリションは法人向けにハード機器の交換、システム障害や事業中断に伴う被害など最高1500万ドルを補償する総合サイバー保険を手がける総代理店だ。スイスの再保険大手スイス・リーとサイバーセキュリティー企業アルゴが引き受けるサイバー保険に加え、社員研修やランサムウエア予防策など関連サービスも提供する。
3.米コーバス(Corvus)
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▽本社:マサチューセッツ州ボストン
▽ステージ:シリーズB
▽累積調達額:4600万ドル
▽主な投資家:米ベイン・キャピタル・ベンチャーズ、米406ベンチャーズ
コーバスは法人向けのサイバー保険(標準型と超過型の両方)、スマートテック業務過誤賠償責任保険、スマート貨物(ネットにつながる貨物など)保険を手がける総代理店だ。代理店や仲介業者が顧客企業の保険を見積もったり、リスク管理資料にアクセスしたりできるプラットフォームを提供している。データをウェブベースのアプリやポータルに転送できるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)機能も備える。
4.米スライスラボ(Slice labs)
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▽本社:ニューヨーク州ニューヨーク
▽ステージ:シリーズA
▽累積調達額:4000万ドル
▽主な投資家:ミュンヘン再保険ベンチャーズ、米XLイノベート、ホライゾン・ベンチャーズ(維港投資、香港)
スライスラボはプラットフォーム「保険クラウドサービス(ICS)」を通じて、サイバー保険を含むオンデマンド型保険を提供している。他の保険会社にもプラットフォームをライセンス供与している。
スライスのサイバー保険は中小企業向けで、サイバー保険大手アクサXLが引き受けている。企業は月単位でサイバー保険契約を管理し保険料を支払うことができる。自社のURL、住所、業種、年間売上高、従業員数を入力すれば、オンラインで見積もりを受けられる。この商品は必要なものにだけ保険をかけられるオンデマンド型のため、企業は必要に応じて補償範囲を調整できる。キャッシュフローの先行きが不透明で、在宅勤務が増えている企業にとっては貴重な商品だ。
5.米サイバーキューブ(CyberCube)
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▽本社:カリフォルニア州サンフランシスコ
▽ステージ:シリーズB
▽調達総額:4000万ドル
▽主な投資家:米シマンテック・ベンチャーズ
サイバーキューブは保険(再保険)会社向けに、新たなサイバー保険の引き受けや既存保険の管理を効率化するデータ分析プラットフォームを提供している。このプラットフォームはクラウド経由でソフトを提供するSaaSを活用し、サイバーセキュリティー大手シマンテックによるファイアウオール内のデータなど大量の内外データを分析する。スイスの保険大手チャブ、ミュンヘン再保険、米保険大手CAN、保険仲介大手のエーオンや米ガイカーペンターなどがサイバーキューブのプラットフォームを使っている。
6.米アルセオ(Arceo)
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▽本社:カリフォルニア州サンフランシスコ
▽ステージ:シリーズB
▽累積調達額:3700万ドル
▽主な投資家:米ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ、米CRV、米ファウンダーズ・ファンド
アルセオのSaaSサイバーリスク・プラットフォームは保険会社、仲介会社、企業に対し、データ科学を駆使した優れたリスク分析を提供する。同社はこのほど、企業を対象にランサムウエア攻撃のリスク評価や助言、対策を提供する新サービス「アルセオ360」を開始した。
7.米リスクジーニアス(RiskGenius)
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▽本社:カンザス州オーバーランドパーク
▽ステージ:シリーズB
▽累積調達額:800万ドル
▽主な投資家:QBEベンチャーズ(オーストラリア)
リスクジーニアスは人工知能(AI)を活用して保険証券の内容を確認する。保険証券は多くの法律書類と同様にかなり冗長で、補償範囲に関する記述も細かい。保険会社はリスクジーニアスのプラットフォームを活用することで、各証券の補償内容の整合性が確保されているかをチェックしたり、新たなリスクを評価したりできる。
新型コロナの感染拡大を受け、事業中断の補償保険に関する訴訟では保険証券の文言やパンデミック時の免責条項が争点になるケースが相次いでいる。全く同じではないものの、パンデミックとサイバーリスクを比べると保険証書の文言や損害リスクにいくつかの類似点があることを、リスクジーニアスは確認している。
8.カバー(Kovrr、イスラエル)
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▽本社:テルアビブ
▽ステージ:シリーズA
▽累積調達額:550万ドル
▽主な投資家:イノセルズ(スペイン)
カバーが手がけるサイバーリスクの予測モデル構築プラットフォームを使えば、保険会社は内外のデータを駆使してサイバーリスクのモデルをカスタマイズできる。保険会社はこのプラットフォームを使い、引き受けやリスク選択、リスク管理、既存のサイバー保険のリスクに対するストレステスト(健全性審査)を実施できる。
カバーは保険ソフトウエア開発を手がけるサピエンス(イスラエル)と提携関係にあり、サピエンスの「パートナーエコシステム(生態系)」に属している。