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岩田健太郎教授=神戸市中央区の神戸大医学部で2020年2月13日午後1時37分、春増翔太撮影

新型コロナ、何を気をつけるべきか 感染症対策の専門家・岩田健太郎・神戸大教授に聞く

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 新型コロナウイルスを巡り、世の中が騒然としている。店頭ではマスクが品薄になり、観光地は客足離れが深刻になっている。日本国内の感染者は急速に増える状況には至っていないが、疫学的に分からないことも多く、軽視もできない。新型コロナウイルスは、どの程度の脅威なのか。私たちが気をつけるべきことは何か。感染症対策に詳しい神戸大医学部の岩田健太郎教授に聞いた。【春増翔太】(取材は2月13日)

 ――まず新型コロナウイルスとは。

 元々あるコロナウイルスの新型ですが、従来のコロナウイルスは風邪の要因になる病原体です。新型についても「風邪のようなものだから放っておけばいい」という意見も散見されますが、乱暴な考え方です。肺炎の要因になりやすいという点だけ見ても風邪よりも脅威だと言えます。

 注視すべきは、中国の国外では今のところ死者は数人だが、中国では1000人を超えているという事実です。感染者が増えるとまずいことになるということ。中国以外の国にとって防ぐべきは、2次的な流行が起きて、感染拡大を止められない状況です。

 ――どの程度の感染力や致死率、重症化率なのでしょうか。

 感染力については、WHO(世界保健機関)による2程度という推測がありますが、一概に言えるものではなく、論じる意味がありません。「1人の感染者から何人に移るか」という数字ですが、感染が広がる状況や環境はさまざまです。横浜港に停泊中のクルーズ船の船内と街中では1人の感染者から周囲への広がり方は当然違うし、日本と中国でも違います。マスクをしていたかや医療機関を受診したかという感染者の行動によっても、周囲への感染リスクは異なります。致死率も同様で、分母となる数字が不確かなままでは無意味です。

 中国・武漢であれほど拡大した理由はよく分かりませんが、死者1000人超という数字は軽視できません。1000万人都市である武漢で死者が1日に100人単位で増えていますが、「東京で起きたら」と考えれば異常事態であることは分かりますね。だから、これ以上の感染拡大は阻止しなければいけませんし、軽く考えてはいけません。世界中が「第二の武漢」を生まないよう取り組んでいて、感染が疑われる人を潜伏期間とされる2週間は隔離するという今の日本政府の方針は、一つの方策だとは思います。

 ――私たち一般市民が気をつけることはありますか。

 特にありません。日本国内の状況は、市民が騒ぐほどのフェーズ(段階)ではありません。普段通りに生活し、外出すればよいと思います。マスクの買い占めや、人の集まる観光地に行かないことに意味はありません。そもそも、マスクを着けること自体に意味がありません。隙間(すきま)からウイルスは入りますし、感染者があふれている状況でもないからです。感染者がマスクをして周囲に拡散させない効果はありますが。「新型コロナウイルスにアルコールは効かない」などと誤った情報も出回っていますが、そうしたデマにも惑わされないでほしいです。

 新型コロナウイルスを放置してはいけませんが、そればかりに気を使うのは不毛です。私に言わせれば、新型コロナウイルスより、毎年3000人が亡くなっている子宮頸(けい)がんの方が深刻です。予防ワクチンという対策が医学的に確立されているのに、十分に広がっていない。事故を起こしたくないのにタイヤばかりに気を使ってブレーキが壊れたままになっていては意味がないでしょう。タイヤも大事、そしてブレーキも大事なのです。同じ事です。メディアも含め、以前から周りにあるリスクに関心を持たず、新型コロナウイルスばかりを騒ぐのはどうかと思います。

 ――過剰な警戒心から中国人を排除する言動があります。

 「中国人お断り」といった対応はリスクに対する過大評価で、取るべきでない行為です。こうした差別的な対応は、状況が変われば自らが被ることになります。日本で感染が広がり、欧米で「日本人お断り」という目に遭わなければ分からないのでしょうか。

 過去を見ても、感染症は差別思想を体現する道具として引用されがちです。ハンセン病はかつて「らい病」と呼ばれ、隔離する必要のない患者を、それが分かった後も療養という名の下に施設に閉じ込めました。2019年にエイズウイルスの感染を理由に就職の内定を取り消された北海道の男性が起こした訴訟がありましたが(※)、感染症を引用した差別という問題は同じです。新型コロナウイルスについても、こうした差別に乗っかってはいけません。

※エイズウイルス感染を告げなかったことを理由に、病院の就職内定を取り消され精神的苦痛を受けたとして、30代男性が病院の運営法人に慰謝料の支払いを求めて訴え、札幌地裁が19年9月に法人側に165万円の支払いを命じた。