ホアキン・フェニックスという俳優の軌跡
すでにゴールデン・グローブ賞、SAG(全米映画俳優組合賞)の主演男優賞を受賞、今もっともオスカー主演男優賞の近くにいる男、ホアキン・フェニックス。彼はどんな道のりを歩んできた人物なのか。今や映画賞常連の演技派というイメージのホアキンだが、かなりユニークな側面も!?
幼少時代はかなりドラマチック
ホアキンが生まれたのは、1974年10月28日。4歳年上の兄は『スタンド・バイ・ミー』『マイ・プライベート・アイダホ』『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』などで知られる故リヴァー・フェニックス。姉レイン、妹リバティとサマーも女優という芸能一家。ホアキンたちの両親は「神の子供たち」という宗教団体に所属して南アメリカで宗教活動をしており、子供たちが歌や踊りをするのを推奨したそう。また、1977年に両親がその団体を離脱してアメリカに帰国し、ロサンゼルスに住むようになった際には収入がなく、子供たちが路上で歌や踊りをして生活費を稼いだとも言われているのだ。幼い兄姉弟妹5人が人前で歌う姿は『容疑者、ホアキン・フェニックス』にもチラッと出てくる。
そして、母がテレビ局NBCで秘書になったことから、子供たちはテレビのエキストラなどをするようになり、長男リヴァーは1980年に10歳でCMやテレビに出演し、1985年に『エクスプロラーズ』で映画デビュー。4歳下のホアキンも、8歳で兄出演のテレビシリーズ「掠奪された七人の花嫁」にゲスト出演、その後『スペースキャンプ』で映画デビューする。
ちなみに、兄弟がみな川、雨、自由、夏を意味するという名前なので、ホアキン は4歳の時に自分でリーフ(葉)と名乗るようになり、俳優デビュー時は、リーフ・フェニックスと名乗っていた。しかし1989年の『バックマン家の人々』以降、ホアキンは俳優業から離れ、父と2人で南米への旅に出る。そして自分をリーフではなく、本名のホアキンと名乗るようになる。
兄リヴァーのあまりにも突然の死
ホアキンが旅から戻っていたときに、衝撃的な出来事が起きる。それは1993年10月31日、ホアキンの19歳の誕生日の3日後のこと。兄リヴァーが、ロサンゼルスのナイトクラブでドラッグの過剰摂取により死亡する事件が起こる。その時一緒にいたのが、当時のリヴァーのガールフレンド、女優サマンサ・マシスと、ホアキンだった。ホアキンにとってリヴァーは愛する兄であり、同じ道を行く尊敬する先輩だった。その兄が23歳の若さで逝ってしまったのだ。しかも彼の目の前で。
兄リヴァーの死の衝撃は大きく、後に映画界に復帰してからも、ホアキンが兄について語ることはなかった。しかし、『ジョーカー』出演で異変が起きる。ホアキンが、兄リヴァーとの思い出を語ったのだ。それは2019年のトロント国際映画祭で、『ジョーカー』による功労賞受賞スピーチでのことだった。
「私が15歳か16歳の時、リヴァーが仕事から帰ってくると『レイジング・ブル』のビデオテープを持っていて、私を座らせて一緒に見ました。翌朝、私を起こして、もう一度、一緒に見ました。そして言ったんです、『お前はまた演技をするんだ。これがお前のすることだ』と。彼は私の気持ちを尋ねたのではありません、ただ言ったのです。私は彼がそうしてくれたことを感謝しています。演技は私に素晴らしい人生を与えてくれましたから」
俳優から離れていたホアキンをこの道に復帰させたのは、兄リヴァーだった。そして、ジョーカーのおかげで、ホアキンは兄への感謝を口にすることが出来たのだ。
復帰後は名優への道を歩みつつお騒がせ俳優に
兄の死後、ホアキンは映画から遠ざかっていたが、兄リヴァーの『マイ・プライベート・アイダホ』を撮ったガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』で映画復帰。その後は映画賞の常連になっていくが、同時にお騒がせ俳優にもなる。
アカデミー賞では『グラディエーター』の悪役コモデゥス皇帝役で助演男優賞にノミネート、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で主演男優賞にノミネート、『ザ・マスター』でも同賞ノミネート。ゴールデン・グローブ賞では『グラディエーター』でノミネート、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で受賞、『ザ・マスター』『her/世界でひとつの彼女』『インヒアレント・ヴァイス』と3年連続でノミネートされた。
だが、その間もホアキンにはお騒がせ事件が続々と起こる。2005年の『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』撮影後にアルコール依存症になり、リハビリ施設への入院を公表。その翌年には自分が運転していた自動車が横転したところを、偶然通りがかった「アギーレ/神の怒り」などで知られるドイツ人監督ヴェルナー・ヘルツォークに助けられる。
最近では、『ジョーカー』でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を授賞した4日後、ワシントンで行われた気象変動に関する抗議デモに参加して逮捕されてしまう。その後の全米俳優組合賞授賞式では、式場からそのまま食肉加工工場へ直行して動物愛護団体による抗議活動に参加して、タキシード姿のまま、運び込まれたブタたちに水を与える姿も報じられた。すんなり名優のワクに収まる俳優ではないようだ。
お騒がせ過ぎるジョークのセンスが独特
お騒がせエピソードで最も注目を浴びたことと言えば、2008年に突然俳優業を引退してラッパーになると宣言したホアキン。そうかと思えば、自身が製作・主演し、妹サマーの夫だったケイシー・アフレックが監督を務め、『容疑者、ホアキン・フェニックス』を作った。ホアキンが「本当の自分を表現したいんだ」と言いつつ、スタッフに当たり散らしたり愚痴を言ったりする日々がつづられていて、2010年のベネチア国際映画祭でもドキュメンタリー映画として上映されたが、その直後に引退宣言も映画の内容もすべてがジョークだったと発表されたという曰く付きの作品だ。
そして『ジョーカー』公開後も、ホアキンは似たようなことをやっている。ホアキンが米人気トーク番組「ジミー・キンメル・ライブ!」に出演した際、彼が『ジョーカー』撮影現場で演技に悩んでスタッフに暴言を吐く舞台裏映像が公開され、彼も「あんなことをするべきじゃなかった」などとうつむき、誰もがありそうな話だと思った直後、米エンターテインメント・ウィークリー誌がその映像がジョークだったと報じたのだ。ファンはこう思ったのではないか、「えっ、また? セルフパロディーだろうけど、笑えない……」と。
ジョークのセンスがホアキン自身にしか分からないところは、『ジョーカー』のアーサーに似ているような? そして、ジョークのふりをして実は本音なのではないかと思わせるところも、ジョーカーの冗談か本気か分からないところとそっくりなのかも?
プライベートのこだわりと女性関係
私生活では、子供の頃から徹底したヴィーガン。ヴィーガンは動物から搾取しないので、肉や乳製品を食べないだけでなく、衣類や靴などの素材にも動物性のものを使わない。
そして、アメリカの動物の権利を守る動物擁護団体の熱心な活動家。これは兄リヴァーもそうだった。ほかにもアムネスティや、環境問題関連のチャリティーにも参加している。
女性関係の噂は、ハリウッドの人気俳優としては少なく、『秘密の絆』で共演したリヴ・タイラーとの交際が噂になったが長くは続かず、別れて良き友人になった。その後は、アンナ・パキン、リンジー・ローハンらと少々噂になったくらい。
現在は『マグダラのマリア』で共演したルーニー・マーラと交際し、現在婚約中で幸せいっぱい。ゴールデン・グローブ賞のレッドカーペットにも一緒に登場し、ホアキンが主演男優賞の受賞スピーチの途中で、「ルーニー……」と言ってからしばし言葉に詰まった姿からも幸せぶりが伝わってきた。
アカデミー賞主演男優賞はどうなる?
そしてホアキンは本年度のアカデミー賞主演男優賞の最有力候補。これまでゴールデン・グローブ賞、SAG賞を制覇しており、受賞はほぼ確実と見られている。ホアキン自身もオスカー候補の常連で、先述のようにノミネート歴は助演が1回、主演が今回で3度目。そろそろ受賞してもおかしくない。
ちなみにジョーカー役がアカデミー賞候補になるのは2度目。ヒース・レジャーが『ダークナイト』のジョーカー役で助演男優賞にノミネートされ、見事受賞している。果たして、ジョーカーの2度目の受賞はなるのか。それも気になる。(文・平沢薫)