東京国際映画祭のバリアフリーは?東京パラリンピック前に考える

【第88回】(日本)

 第32回東京国際映画祭(以下、TIFF)が10月28日~11月5日に東京・六本木ヒルズなどで開催された。今年の特色は、特集上映の大林宣彦監督&大林恭子プロデューサー、原一男監督『れいわ一揆』の出演者の舩後靖彦・参議院議員、『37セカンズ』の主演女優・佳山明熊篠慶彦など、車いす利用者のゲストの多さ。東京2020パラリンピック(2020年8月25日~9月6日)を控え、会期中には『東京パラリンピック 愛と栄光の祭典』(1965)も特別上映された。では日本最大級の映画祭のバリアフリーへの対応は? 車いす利用歴17年の映画作家・山岡瑞子がリポートします。(取材・文・写真:中山治美、写真:山岡瑞子、東京国際映画祭)

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東京国際映画祭のメイン会場・六本木ヒルズに到着。

東京国際映画祭の公式サイトはこちら>>

バリアフリー上映は第24回から

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大林宣彦監督『海辺の映画館-キネマの玉手箱』チーム。(C)2019 TIFF

 日本では2013年6月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が制定。それに伴い、映画界でもバリアフリーの導入を推進してきた。

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バリアフリー上映『東京パラリンピック 愛と栄光の祭典』のトークイベントには、ソフィアオリンピック・パラリンピック学生プロジェクト「Go Beyond」代表の山本華菜子さん(写真左)とパラ応援大使の「仮面女子」の猪狩ともかが登壇した。(C)2019 TIFF

 TIFFでは先駆けること第24回(2011)に「視聴覚障害者のための『映画』の在り方を考える」シンポジウムの中で、山田洋次監督『幸福の黄色いハンカチ』(1977)のバリアフリー上映を実施。

 以降、毎年、バリアフリー上映を実施しており、第32回は1964年の東京パラリンピックを記録したドキュメンタリー映画『東京パラリンピック 愛と栄光の祭典』(1965年製作:2020年1月17日より復活上映)を字幕表示用のメガネ端末MOVERIO(モベリオ)を使ったバリアフリー日本語字幕(補足解説付き)・英語・中国語の、それぞれの字幕付きで行った。

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原一男監督『れいわ一揆』チーム。(C)2019 TIFF

 上映後のトークイベントには、車いす利用者でパラ応援大使を務めるアイドルグループ・仮面女子猪狩ともかとソフィアオリンピック・パラリンピック学生プロジェクト「Go Beyond」代表の山本華菜子さんが登壇した。

 TIFFでは障害のあるゲストの対応は配給会社や介護者が、観客の対応は映画館が請け負うことになっており、万が一の安全上のことを考慮しTIFFスタッフはサポートを控えることになっているという。

座席確保からひと苦労

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山岡瑞子監督がアーティスト・イン・レジデンスで滞在したスペイン・バルセロナで撮影した『The Lost Coin』(2016)。

 山岡瑞子監督は、ファインアートを勉強するため留学していたアメリカで、2002年に自転車事故に遭い、頸椎を損傷して下半身麻痺に。以来、車いすを利用しているが、都内で一人暮らしをし、自家用車を運転しながら映画製作のほか、インディペンデント映画製作者たちのプラットホームNPO法人「独立映画鍋」の運営メンバーとしてアクティブに活動。新作の製作も、ゆっくりだが進めているという。

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山岡監督の電動車いす。ドリンクホルダーも付いている。

 そんな山岡監督が鑑賞したのは、過去1年の日本映画の話題作・注目作を上映する「Japan Now」部門の、HIKARI監督『37セカンズ』(2020年2月公開)。オーディションで選ばれた主演女優・佳山明の実人生を脚本に反映させながら、先天性脳性麻痺(まひ)のユマが自分の人生を切り開いていく姿を力強く描いたヒューマンドラマだ。

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TOHOシネマズ六本木ヒルズのSCREEN9。最前列左端が車いす席。

 上映チケットは一般の鑑賞者と同様に、まず公式サイトで購入。会場はTOHOシネマズ六本木ヒルズのSCREEN9で、劇場公式サイトを確認すると247席の最前列端に、車いす用が2席ある(実際は2席分の空間)。しかし山岡監督は見にくい最前列端で鑑賞することは避け、一列後ろでかつ邪魔にならないであろう右端の席を選択。購入後、東京国際映画祭チケット・インフォメーションセンターに連絡して車いす利用者であることを申告するという流れだ。

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TOHOシネマズ六本木ヒルズのSCREEN9の車いす席からスクリーンを見る。スクリーンが近い!

 「当日は、余裕をもって来場してほしいと告げられました。その後も一度、チケット確認の電話がありました」(山岡監督)

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車いすのアーム部分を取り外し、座席に移る準備をする山岡監督。

 嫌な予感は的中。この日は作品関係者など車いす利用者が多く、車いす用の2席分のスペースだけでは足りない。車いすから席へ移動できる人も、SCREEN9は最前列の席しか活用できないのだが、ほとんどが取材用に確保されていた。そのため入場できなかった車いす利用者もいれば、上階の席まで介護者に抱えてもらい移動した人もいた。

 そして席への移乗後、鑑賞中、役目がなくなった車いすは本来なら劇場スタッフが預かることになっているのだが、そのまま山岡監督の足元で放置されていた。山岡監督にとっては近くにあった方が安心ではあるのだが、上映中の暗闇の中、トイレなどで入退場する人が車いすにつまずいてしまう危険性もある。さらに上映後は舞台あいさつ登壇者の動線になっていたので、トラブルが起きなかったことだけが幸いだった。障害を持った人の物語という本作を選んだ時点で、どんな観客が来てどのような対応をすべきか、ある程度の想像はできたと思うが、各部署の意思疎通は不十分だったようだ。

 「皆さんにとって車いすの客はレアケースですから。これはTIFFというよりは劇場側の問題だと思うのですが、バリアフリー対応を表記していても慣れていないスタッフが多いですし、最前列か最後列の空いているスペースを車いすエリアにしただけの古い映画館も多く、見えにくい上に選択肢がない場合が多い。他人事ではなく、わたしのように、突然、歩けなくなって、車いす生活になることもあるのです……。基本的に日本のゼネコンも、昔ながらの男社会で成り立っているのではないでしょうか。そこに女性や当事者の目線が入るだけで、ちょっと変わるのでは? 車いすに限らずベビーカーや高齢者など、ユニバーサルデザインの視点が設計段階から取り入れられていくようになることを強く望みます」(山岡監督)

選んだ映画は、車いす利用者が主人公

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HIKARI監督『37セカンズ』チーム。(C)2019 TIFF

 『37セカンズ』は、山岡監督にも縁がある作品だ。知人からHIKARI監督を紹介され、求めに応じて、製作前段階に行われた取材に協力したことがあるという。

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山岡監督の旅のお供。折りたたみ式のシャワーチェア、その他に電動バッテリー用のチャージャーや日用品もあり、用意しなければならない荷物が増え、大変とのこと。

 「その時に取材を受けたのは、わたしと同じく脊髄損傷を負った女性たちだと聞いています。でも、佳山明さんという逸材に出会って、主人公が必ずしも脊損女性でなくてもいいと思ったのかも知れません」(山岡監督)

 そして完成した映画は、「まだ形になる前にお話を聞いただけだったので、最終的にどんな作品になるのか全く想像できなかったのですが、世界中の映画祭で評価を受けたのもうなずける、HIKARI監督でしか描けない美しい映像、繊細な描写で、素晴らしい作品でした」(山岡監督)

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釜山の地下鉄には、車いす利用者用の改札口があった。

 特に山岡監督が惹かれたのは、主演の佳山の本作に挑んだ勇気と覚悟だ。映画冒頭には、佳山と母親役の神野三鈴との入浴シーンもあり、裸体もいとわない体当たりの演技を見せている。

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ロンドンの地下鉄マップにはバリアフリー対応のある駅にはマークが入っている。

 「スクリーンで自分の体をマジマジと見ることになるのですよね。わたし自身、現在、脊髄損傷のための治験に協力していて自分の脚を見る機会があるのですが、使っていない脚は筋肉が落ちて細くなってしまったし、自分の麻痺した身体を見るのは心地よくはないです。それを彼女は演技初挑戦の上に、そこまで挑んだ。しかも順撮りで撮影したそうですが、物語が進むに連れてどんどん彼女の表情が輝いていった。あどけない声といい、彼女が主人公で完璧です」(山岡監督)

 残念だったのが、上映が平日の朝10時15分という時間帯について。

 「障害者モノだから朝イチのスケジュールになったのでしょうか。内容的にも主人公のユマがアダルト漫画を描くために風俗街に出入りするシーンもあり、遅い時間の上映でも良かったのでは? と思いました」(山岡監督)

六本木ヒルズは意外に便利!?

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アームを使って後部座席に収納していた車いすを下ろす山岡瑞子監督。

 当日は平日の朝早い時間帯で、地下鉄での移動は思いっきりラッシュに巻き込まれるために車いす移動は不可能と判断し、山岡監督の運転する車で共に会場へ。後部座席に積んだ車いすを下ろして、運転席から車いすへと移動するのも実に慣れたもの。

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アップリンク吉祥寺のオープンの際には、バリアフリー運用テストの現場立ち合いに協力した。

 「たまに『手伝いましょうか?』と声をかけてくださる方もいるのですが、説明する方が難しいのでお気持ちだけありがたく頂戴しています」(山岡監督)

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カンヌ国際映画祭の会場でもスロープの設置は当たり前。車いす利用者も見かけた。

 山岡監督にとって六本木ヒルズは、北欧映画祭スタッフとして5年間所属していた時に作品選定のためTIFFに通っていたこともあり、お馴染みの場所。

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第69回カンヌ国際映画祭で深田晃司監督『淵に立つ』(2016)を鑑賞。上映会場ドビュッシーの車いす席は、後方。

 車いす対応エレベーターの場所を熟知しており、六本木通りからエレベーターを乗り継いでスムーズにTOHOシネマズ六本木ヒルズに着いた。

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運河の街・ベネチアは階段が多い。近年は、スロープが設置されている橋が増えた。

 日頃、地下鉄日比谷線六本木駅から長い通路を歩き、これまた長いエスカレーターを使ってようやくたどり着くという、複雑に入り組んだ六本木ヒルズの構造に悪態をついていた筆者にとっても「意外に便利な街かも?」と新鮮な驚きがあった。

 「車いす利用者が使っているルートと全然違うのでしょうね。特に六本木ヒルズの66プラザから六本木ヒルズクロスポイントの連絡ブリッジは便利で、クロスポイントにあるマクドナルドも店内にエレベーターがあるので、六本木ヒルズに用事がある時は利用することが多いです」(山岡監督)

 TIFF公式サイトでも「バリアフリー(ユニバーサルガイド/車イスレンタル/車イス対応エレベーター)のご案内」と題したページがある。

 ただ「車イス対応エレベーター」があることは文字で表記しているが、それがどこにあるのか、せめて地図がほしいところだ。

シャワーチェア持参で国内外の映画祭へ

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山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加した時に、ポルトガルの巨匠ペドロ・コスタ監督と。

 山岡監督は2008年に、留学先のデンマークで出会ったロボット研究者・石黒浩大阪大学教授の活動を追ったドキュメンタリー映画『メカニカル・ラブ(原題) / Mechanical Love』(2007・フィー・アムボ監督)に触発されて、帰国後に映画美学校(東京・渋谷)のドキュメンタリー科で1年間学び、映画製作をスタート。

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2015年に山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加した時のホテル。持参した台(左奥)が役に立たず、困っていたところ、付き添いで来た山岡監督の母とホテルのマネージャーがシャワーチェアを一緒に探して、用意してくれた。

 アーティスト・イン・レジデンスで滞在したスペイン・バルセロナでは、突如として体の自由を奪われたフランス人女性の孤独を見つめた映画『The Lost Coin』(2016)を発表。その後は、国内外の映画祭にも積極的に参加している。

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アドバイスをした山形のホテルを再訪すると、車いす利用者向けに低い位置に衣類掛けが設置され、流し台の下の引き出しは撤去されていた。

 そんな山岡監督にとって一番の懸念は宿泊先であり、トイレと入浴がバリアフリーに対応しているか、否か。しかし日本のホテル検索サイトには難点があり、欧米のサイトでは常識となっているバリアフリーを検索条件に入れられることは、ほぼない。

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釜山の東横インのハートフルルームの浴室。高齢者などの入浴動作を楽にする移乗サポート台も常備されている。山岡監督は湯船につかれないので、ヘアケア用品置き場として活用。

 なので電話確認は必須だという。ただバリアフリー対応をうたっていても、それが当事者目線に即していない場合も多く、山岡監督は旅の友である折りたたみ式のシャワーチェアは必需品になるという。

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2度目に釜山国際映画祭に参加した時、ニューヨークのジャパン・カッツのプログラム・アソシエイトのジュリア・ジンと再会した。

 「山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加する際、バリアフリー対応のホテルに泊まりました。ところがいざホテルに着いてみると、改装したという洗面台には引き出しがあって車いす利用者には邪魔になるし、洋服掛けも高い位置にあって、わたしには届かない。シャワーチェアも、肘掛け部分が跳ね上げ式じゃなければ、車いすからの移動ができません。この時は母が心配してついてきてくれていたので、わたしが映画を観ている間、ホテルの女性マネージャーに問い合わせてくれました。するとその方は母のアドバイスに耳を傾けてくれたどころか、母を車に乗せて郊外の介護用品ショップまで行き、どんなシャワーチェアなら使えるのか一緒に見て回ったそうです。今年、そのホテルに4年ぶりに滞在したのですが、問題箇所をすべて直してくれてあり、安全に滞在できたので感動しました」(山岡監督)

 ちなみに山形には「山形県ユニバーサルデザイン施設情報 やまがたバリアフリーMAP」というサイトがあるので、参考にしたい。

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ロンドンのタクシーではスロープの設置は義務だそう。

 また韓国の釜山国際映画祭に参加した際は、東横インを選んだという。同ホテルチェーンは、2006年、法律や条令を通すために一旦作った身体障害者用客室や設備を、建築確認申請の確認審査が終了した後に勝手に改造していたことが発覚し、ハートビル法(現バリアフリー新法)に抵触したことが大きな問題となった。以降、同チェーンは「ハートフルルーム」と名付けたバリアフリールームを完備していることで知られており、利用者たちからも好評を得ている。こちらも失敗から学んだ好例だ。

 「今年はベネチアとロンドンを旅しましたが、ベネチアの水上バスのスタッフは観光客のスーツケースはもちろん、車いす利用者や歩行器を使っている老人へのアシストが秀逸でした。ロンドンではバスと多くのタクシーには車いすのまま乗車できるようになっていましたし、路線図には車いすマークで乗り降りできる駅が一目でわかるようになっていました。ただバリアフリーに対応していない駅もあったり、そもそも欧州の列車は予約しなければ利用できない箇所もあり、都内の方が便利なところもありますが、それでも車いすが必要な状態の人も社会の一員として認知・浸透していることを実感します。もっと他国の例を参考に、日本でも、これらのことが当たり前な社会となることを願っています」(山岡監督)

 映画祭は単独で行えるものではない。その街、人、社会があってこそである。問われているのは、TIFFだけでなくわたしたち一人一人の問題なのだ。